中国人のバレーボール選手

「ビジネスアイ」中国スポーツ事情 2006年9月17日
2006年09月17日
高飛びからバレーへ
 昨日まで、女子バレーボール、ワールドグランプリが開かれていました。
 日本、柳本ジャパンは、大山加奈、落合真理、イタリアから技術を身につけて戻ってきた高橋みゆき、菅山かおるのサイドアタッカーが充実してきました。あんなにかわいく素顔なのに、試合になると人が変わったような戦いぶりは感動を与えてくれました。
 新たに注目されているのは、中国出身のアタッカー、小山修加(おやましゅうか)です。
 8月20日のブラジル戦では、スパイクの強さを武器に1セットでチーム最多の9得点をゲットしました。
 ピンチサーバーとしてしか活躍できなかった昨年までとは違い、大活躍です。
 スパイクの最高到達点は315センチでメンバーの中で最高です。
 驚異的なジャンプ力を生かしたバックアタックは、彼女の過去から作られたものでしょう。
 中国の遼寧省出身、旧名は王橋(ワンキョウ)、11歳から「遼寧省体育運動技術学院」に通っていました。走り高跳びの選手として14歳のときには中国ジュニアでもトップに踊りでたほどです。
 中国では将来が有望視される体格のいい子どもには、政府が目をつけて体育の専門学校に無料で通わせます。しかし子どものころから公務員としての認識をうえつけられます。無料で行かせてもらった体育の学校を辞めるなんてもってのほかです。
 日本に移住するなんてことになると「せっかく育てた技術をとられるのではないか」と警戒されました。仕方なしに「陸上競技は今後絶対にやらない」という約束を交わし、体育大学の退学、来日を認めてもらったのです。
 その後、日本で偶然バレーに出会いました。運動神経の良さから数年間という短い期間であっという間に上達していきます。卒業後は企業に入社したものの外国人選手はVリーグに認められなかったために、今の小山修加という日本国籍をとることになったのです。
 そんな小山修加が本格的にアタッカーとして加わった日本チームですが、過去にオリンピックでメダルを取ったのは東京、モントリオールです。かつて「東洋の魔女」と呼ばれた頃のように、北京オリンピックでは金メダルを獲得したいところです。
 一方でアテネ五輪で金メダルを獲得した中国には、新女王、趙越紅(○○○)に、趙蕊蕊(ちょうぬいぬい)がいます。「確実に日本は追い上げてきている」と脅威に感じている中国に小山修加の活躍も注目です。
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